女将ブログ

奥多摩の仙人、同窓会に行くの巻

      

 どなたにもお一人はいらっしゃるであろう「父親」と言う者を、私も一人持っています。

 誰が呼んだか、いつの頃からか仙人と呼ばれ,奥多摩山中にて猫二匹と犬一匹と一緒に住んでおりました。毎日,野山を蹴巡って散歩するような爺でありましたが,寄る年波には勝てず,一番下の妹と,娘のタマリと,地域の方々で手助けするようになりました。

 この仙人が若かりし頃,福山の「誠之館」なる学校に通っておりました。
 
 この東京同窓会が11月5日に行われました。

 行われました,出席しました。と、簡単に申しますがね,伯母が立川まで送って来てくれたのを、タマリは迎えに行き,受け取って前日一晩タマリ宅に泊まってもらい,次の日東京駅は富士屋ホテルまで付き添って行くと言うのは,なかなかな行程でありました。

 この「誠之館」出身者は各会名士で彩られておりまして,先日無くなった,ブックセンター会長の河相全次郎氏も,仙人の同期生でありました。

 前列 右から二人目が仙人。その隣の,負けずに仙人面構えの御仁が,インダストリアルデザインの日本での先駆け,栄久庵憲司氏。


 お土産は,栄久庵氏デザインの「散り蓮華」。下はそのパッケージ。

                      



私学のつどい

  息子が二人,中学・高校とお世話になった私立学校で役員を何年かやらせていただいた縁で,二人がとっくに卒業した後も,この催しに関わっています。

 今回はカレー屋台をすることになりました。
何だっていいんです。お役に立てればね。

 他にも,いくつか長くやったボランティアがありました。コープかながわさんで10年余り,小学校、中学校では必ず役員。子ども会やら,何やらかんやら。
 
 今から思えば,誰かやらなくちゃいけなくて,誰もやり手のない事って,福がいっぱい詰まっていたように思います。得る物が一杯ありました。勉強にもなった。

 中でも,骨髄バンクのボランティアをかれこれ18年やっているんですが,そのメンバーの合い言葉と言うか,こういうのがあります。

「ボランティアの鉄則。やれる人が,やれる時に,やれる範囲内でする。そして,出来れば,長く続ける。」

 どんなボランティアの現場でも,「奉仕」と勘違いする人が居るのです。お年を召した方に比較的多いでしょうか?でも、どの年代にもまんべんなく居るでしょうか。

 その方は,不満で一杯です。「こんなに、誰々の為に(あるいは社会の為に)自分は犠牲になって居るのに,報われない。一生懸命やって損をした。」

 つまらなかったら,やめたらいいんです。報われる為にやるならば,それはもう既に奉仕でもない。ましてや,ボランティアでは全くない。

 ボランティアは,自分の為にやる物です。だって、自分が働く事で,少し世の中が良くなったら,それって,自分にまた帰ってくる事でしょう?

 タマリはそう思うのです。






プレミアワイン

 
                         
               

 一本、万する物なのだそうです。ちょっと,褐色が勝った色をしています。

 フラインスハイマー・ローゼンビュール、アイスワインなのだそうです。
Ferdinand  Picroth とあります。
もちろん,頂き物です。

 グラスの向こうに見えるのは,仙人の父です。

 認知症に,赤ワインがいいそうです。私は一生懸命飲んでいます。







感傷の秋なり

      

 もう,小汚いとしか見えないかもしれませんが,大切な人形達です。
次男が1歳の時にお友達のお母さんがプレゼントしてくれたのが左の熊ちゃん。
翌年のお誕生日に,兎さんが来ました。
 熊さんをいただいてから,彼は毎日この子と一緒でした。昼間はおぶいひもでおんぶ。
寝る時も一緒。熊さんが居ないと眠れない。

 この子達を作ってくださったお母さんは,今では,テディベアの作家さんとなって,とても素敵な作品をたくさん作ってらっしゃいます。

http://members2.jcom.home.ne.jp/hyssop-bebe/

 このHPにも書いてあるように、彼女がものつくりを始めるきっかけになった作品なのです。光栄な事です。HPに載せる為にお貸ししていて,久しぶりに我が家に戻って来たので,お風呂に入れてあげちゃいました。

 いま、思い起こすと,次男がどんな想いでこの小達を抱きしめていたのかと切なくなります。

 この頃,長男は病気で入院中でした。次男がそばにいても、気持ちは病院で耐えている長男にありました。可哀想だったな。

 この熊ちゃん達は,随分長い事手放せませんでしたが,さすがに今、彼女も出来て,もう興味は無いやと言われてしまいました。
 そりゃあそうだな。親の感傷かと思ったのですけど・・・・・しばらくして・・・・

「でも、記念にちゃんととっておいてね。」


お月見団子

 

 今日はお月見ですね。

雨の地方もあるようで・・・・残念ですね。

私のうちからは,見事な輝きで,素敵に見えるのですが,
写真がへたくそでうまく撮れません。

ですので,お団子の作り方など・・・・・

 今日は,団子粉に豆腐を混ぜたシンプルな物と,

南瓜を蒸してお砂糖と片栗粉を混ぜた、これも簡単な物。

どちらも,きなこをつけていただきます。


蒸した南瓜半分に,砂糖大さじ2杯と,片栗粉大さじ2杯,豆乳大さじ2杯を入れ,暑いうちにするようにしてつぶす。うまく行くと,粘りも出て団子のネタらしくなる。


きなこをまぶしながら丸める。

簡単なので,作ってみてくださいね。



上総湊は最高の海水浴場だそうですが。

私にとってはほろ苦い思い出の地と言ったところです。

 木更津に住む友人のKさんのご紹介で常連さんになってくださったTさんと、店でのお話の流れから、思いがけず足を運ぶ事になったこの地は、私が4歳の時にちょこっと、後6歳の新入時から2年間を過ごしたところです。

 父が荒川区の小学校の教員をやっており、そこから派遣されて上総湊にあった「体の弱い子たちのための保養施設」(施設のタイトルを覚えていないのですが)に勤めていたために、それまで島根の山奥に預けられていた私は呼び戻されて上総湊で両親と初めて暮らすことになったのでした。

 最初、このイワシや薬局と言う薬屋さんの裏の離れに住んでいました。玄関に面して4畳ほどのなが細い一間と、流しのついた板の間ががあり、その奥に8畳が並んで二つ、周りをぐるりと廊下が囲んでいる、いかにもご隠居さんの住まいと居た感じの建物に、父と、母と、私と3人で暮らす事になったのでした。
 初めての夜、薄暗く揺れる裸電球が妙にわびしくて、嬉しさよりも不安に思ったのを覚えています。


 このイワシや薬局を見つけたときは、もう、びっくりしました。建物のイメージもですが、なによりサトちゃんが、昔のまんまであります。ピンクのサトちゃんなんて、プレミヤもんです。

 さて、少し話が前後しましたね。

 木更津行きには、梅雨のさなかでもある事なので、究極の晴れ女K女を誘いました。
 木更津に着くと、Tさんと、Kさんがお出迎え。レンタカーまで借りてくださっていて、上総湊駅に向かいます。


 小さな田舎の駅。色こそ明るくなったものの、まるで昔のママ。駅前の様子も、ほとんど変わらず。と、いうのは、気のせいかもしれないけど。何しろ42年前に一度訪れたのが最後ですもの。市役所によれれば良かったのかしら?その頃の写真があったかも知れません。後から気がつく事ですよね〜

 この近くでお仕事していたと言うKさんは、通りがかった方を捕まえていろいろお話しなさっていましたが、未だに変わらない事もいっぱいあって、さすがに時間の過ぎ方が違う感じがしました。

 駅を出て、まっすぐに坂をのぼって下りて、出たところは町外れ。そこから更に外れて、山のほうに行くと湊小学校があります。2年間通った懐かしの小学校。桜の頃ばかり思い出します。


 校舎の位置も、若干違うようです。もちろん、かつてはぼろぼろの木造校舎でした。

 教員住宅であったイワシや薬局裏に居た私たちは、父が去ったあと、そこに住む事が許されず、ふたりで小学校近くのお寺に移り住みます。
 引っ越しの日を覚えています。母子ふたりきりのわずかばかりの荷物を運び込んだ後、(あれって、たしか、大八車だったのではなかったでしょうか?)私は、のりたまをおかずに子ども用の小さな飯茶碗に6杯食べて、母を驚かせたのでした。
 その寺の名前をなかなか思い出せずに地図を調べてみたらありました。思い出せる限りの位置関係はばっちり!「大圓寺」

 小学校から、その寺に行く道を私は探していました。学校への近道は、昼なお暗くて、両側に墓があって、朝はまだ歩く人も居るのですが、夕方ともなると誰も通らない薄暗い細道を震え上がりながら走り抜けたものです。思ったところに道が見つからず、もう一方の遠回りの広い(といっても車がやっと一台通れる幅の)道を見つけ、歩いていきました。そこで行き当たったのが、この寺。


 こんなに立派ではなかった。立て直されたのでしょうね。
幼い頃は、もっともっと大きな建物に思っていたのですが、こんなにこじんまりしたところだったのです。境内をぐるりと回らせていただきました。お世話になった住職も、奥様も、もうあちらの世界にいらっしゃる事でしょう。

 この、門の右脇の壁伝いに道とも言えない道が通っています。向こうには、畑と人家が見えます。kさんがついて来てくださって、私たちは壁伝いに歩いていってみることにしました。そうしたら、人家の脇を抜けたところに・・・ありました。


 毎日通った懐かしい道。ぜんそくの母の薬を取りに、夜中に町まで走った道も、この道でした。

 それにしても、何もかも、何もかもが、持っていた印象よりも小さく小さくなっていました。まるで、ガリバー気分。
 友人に話すと、何人かが同じ経験をしていました。不思議な気分です。

 Tさん、Kさん、運転をしてくださったTさんのお友達、私のわがままに一日つきあわせてしまい、済みません。ありがとうございました!!
 それから、強力に晴れ女ぶりを発揮してくれたKちゃん、ありがとうございました。

 次は、着物でなく、草履もスニーカーにはきかえて鋸山登山です。
ご興味のある方、是非、ご一緒しましょうね。あー、今からビールがうまそうだ!





世田谷生まれ

 

お客さんが今年も届けてくれました。
どれもピンピン。朝どれ野菜です。

この後,ゴーヤ、トマトが届きます。
味が違うんですよ,味が,。
運良くこの野菜に出会った方はほんとに幸運。

楽しみにしていてね。

こいこいに 恋恋??

 いま、花札にはまっています。
ネットのね。無料ゲーム。
なんだか,気がつくとやっています。
そんな暇はないはずなんだけどなあ・・・・・・・

子どもの頃から、結構好きでした。
もう思い出せないくらい昔から・・・・

なんと言っても,あの、意匠の素晴らしさ。
華やかな彩り、デザイン化された描写の中に,江戸の職人さんの自然を見つめる感性の鋭さを現していますよね。
4枚集めて並べてみると,これがまた美しいんです。
私は,やっぱり桜が好きですね。でも,松もボタンも,うーんすすきも捨てがたい。

小さい頃は,ルールなんかわからないから,従兄弟のお兄ちゃんたちがやっているそばで,札を集めて眺め入っていました。彼らがやってたのも,コイコイだったんじゃあないかなあ。何人かで,わいわいとね。

ま、それはいいとして、美しさです,花札の,意匠のね,

今から思い出してみても,私がこの札たちに魅せられたのは,ただ,美しい,奇麗だけではなかったような気がします。
幼いながら、どことなく,隠避な罪の香りみたいなものを嗅ぎ取っていたように思えてならないんです。

健全ではないもの,白日の元にさらしてはならないもの,言葉にしてはならないもの。

そうだ,きっと、艶やかな「秘密」の香り。

そんな風なものに,魅力を感じるのは,私だけではないようにも思うんですけど・・・・・あなたは?



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